空の鳥をよく見なさい。種も蒔かず、刈り入れもせず(マタイ6章26節)
©︎Katsuaki Watanabe

 

マタイによる福音書に記されているイエスの言葉、「空の鳥をよく見なさい」は、次のように続きます。

空の鳥をよく見なさい。

種も蒔かず、刈り入れもせず、倉に納めもしない。

だが、あなたがたの天の父は鳥を養ってくださる。

あなたがたは、鳥よりも価値あるものではないか。

(マタイによる福音書6章26節)

最後の一節が印象的です。

「あなたがたは、鳥よりも価値あるものではないか。」

 

聖書の神様は、少なくとも私たちのことを、「鳥よりも価値あるもの」と見ているわけですね。

空の鳥を養ってくれる神様だから、鳥よりも価値ある私たちのことは、よりいっそう養ってくれる。

そういう意味の言葉です。

 

もしかしたら、「なんだ、鳥と比較されているのか」と思われるかもしれませんね。

ちょっと心外と言うか。

私たちは人間なので、鳥よりも価値があるのは、ある意味で当然のことです。

少なくとも私たち自身は、鳥よりも価値があると自分のことを評価しています。

 

さてさて。

それでは、聖書の神様の目から見たらどうなのでしょう。

鳥と、私たち人間、どちらも神様が創造したものに変わりありません。

 

神様が、「オレは鳥の方が価値あると思うよ」って言っても、私には文句も言えないわけです。

まあ、造った本人(=神様)がそう言うなら、仕方ないか・・・と。

 

いやいや。

もしそうなら、これは悲劇です。

神は鳥を愛している。

人間よりも?

 

「あの翼の形、大空を飛ぶ優雅な姿、文句も言わずに与えられた食べ物を食べる素直さ、あー、鳥って本当に素晴らしい。」

こんな神様だったらちょっと悲しくなりますが、でも、そうなっていても不思議ではなかったわけです。

だって、造ったのは神様だから。

 

幸いなことに、神様は私たち人間を「鳥よりも価値あるもの」と言ってくれました。

そして実際、人間を特別に愛して、イエス・キリストとして地上に来てくれました。

 

しかも、神様は人間の中に神様の霊を置くようにされた。

 

今日は、「ペンテコステ」と呼ばれる聖霊降誕を記念する日曜日です。

神は「聖霊」、つまり神の霊を人間の中に送ったと、聖書は言います。

 

人間って、確かに動物の一つに過ぎませんが、色々と不思議なことが多いですよね。

言葉をしゃべるし、いろんなもの造っちゃうし、超複雑なIT技術や仮想の世界まで生み出してしまった。

 

そうそう、人間に「心」があるのも不思議ではないですか?

動物にもあるのかな。

泣いたり笑ったり、悲しんだり喜んだり、憎んだり愛したり。

人間はなんだかとても、神秘的な動物ですね。

 

聖書は言います。

神は人間を特別に愛して、神の霊をその中に置いた。

だから、人間は動物の一つにもかかわらず、あり得ないほど創造性に富み、情緒が豊かで、社会的であるのですね。

 

空の鳥を見てみましょう。

鳥も人間も、どちらも造られた神様。

私たち人間を「鳥よりも価値あるもの」と言ってくれる神様。

私たちの「天の父」であり、養ってくれる神様。

 

今日これを読んでくれたあなたに、イエス・キリストの愛と父なる神様の豊かな祝福がありますように。

実際的に必要な日々の糧が、溢れるほどに満たされますように。

そんな祈りを込めて、今日の聖書の言葉を贈ります。